涼しい顔の理由は、さりげなく取り出した「菊花扇子」でした
うだるような夏のある日。知人の男性編集者といっしょに、最寄駅から徒歩20分のところにある、打ち合わせ先のオフィスに向かいました。
到着するころには、汗ダラダラの状態になり、ハンカチで押さえても、なかなか引きません。
ふと、隣にいた男性編集者を見ると、ビシッとしたスーツ姿なのに、涼しい顔で「ここ、すてきなオフィスですね~」なんて、にこやかに語るではありませんか。
な、なんであなたは汗ダラダラになっていないの?と、不思議に思いながら彼の手を見ると、そこには、美しいフォルムの扇子が……。聞けば、榛原の「菊花扇子」だそう。
アウトドアの環境で涼をとる方法として、ポータブル扇風機を持つ人がふえていますが、さりげなく扇子を取り出し、サッと開いて扇ぐ姿を目の当たりにすると、やっぱり粋です。
これぞ、エコでサステナブルな、日本の夏の美意識。
さっそく打ち合わせ帰りに、榛原の日本橋店に立ち寄ったのは言うまでもありません。
「満つれば欠ける」。先人の粋な心意気
店頭に並んでいた「菊花扇子」を実際に手に取ってみると、職人さんの手仕事と美しい色やデザインが心地よく、気持ちがほっと安らぎます。
「素敵な扇子ですね。ちょっと開いてもいいですか?」
スタッフさんに声をかけ、サッと扇子を広げてみました。……ん? 扇子は美しいのに、自分の所作がどうも美しくない。スマートな扇子の扱い方って、どうすればいいのかな。
すると、見かねたスタッフさんが、扇子の開き方を教えてくれました。
「扇子には、かっこよく扱うための作法があるんですよ。
まず、開く時は、親骨(おやぼね:扇子の両端にある太い骨)が上になる様に右手で要(かなめ:扇子の根元の骨をまとめた部分)を持ち、左手の親指で親骨から骨を一本ずつ斜めにずらしながら開いていきます」。
「最後の1~3本の骨は親骨に付けたまま、開かずに残します。“満つれば欠ける”ということばがあるように、すべて開かず、少し閉じた部分を残して使います」。
「満つれば欠ける」。欲に満ち満ちた時代に、なんと謙虚で清々しいことばでしょう。
先人たちは、未完成なものに価値や魅力を感じ、「最高の状態になったら、あとは欠けていくだけ」という意味をこめ、あえて一部を残しておくようにしたのです。
さっそくスタッフさんの教えどおりに開いてみたら、あら、スマートでかっこいい。
「菊花扇子」は、私の夏の必須アイテムになりそうです。
榛原うちわは、江戸時代の最先端ファッションアイテム
さて、「榛原流、涼のとり方」を語るうえで、扇子とともに登場するのは、うちわです。
榛原では創業当時から、木版摺りのうちわを取り扱っており、美しいフォルムと一流の絵師たちによるデザインが、江戸っ子たちの注目の的だったとか。
「榛原うちわは、初夏流行のさきがけ」とうたわれるほど、夏の粋なファッションアイテムとして定着していたそうです。
選ぶのに迷ってしまう、美しいうちわのラインナップ
では、榛原オリジナルのうちわを、ジャンル別に紹介しましょう。
まず、大きい扇面で、しなやかな風を起こせる「大満月」。
手漉き和紙に、図案を彫り抜いた渋型紙をのせ、着物と同じ工程で染め上げた「型染め絵」の図柄を使っています。
職人が柄の部分から骨組みまで、すべて手作業で仕立てているため、丈夫で軽いのが特徴だそうです。手に取って眺めているだけで涼感が漂いますね。
次に、ちょっと珍しい、千鳥のようなかたちが特徴の「千鳥うちわ」。
実際に手に取ってみると、なるほど、横長の扇面が風をしっかりととらえ、柄の部分の面積が広くて持ちやすい。こんな感覚、初めてです。
“美しさと機能性を併せ持ったうちわ”として、人気を博しているのだそう。
「都うちわ」を継承した職人が、一つひとつ手仕事で仕上げている逸品。シックでエレガントなデザインも素敵です。
デザインで選ぶか、色合いで選ぶか、機能性で選ぶか……。
どのうちわを選ぼうか、迷ってしまいますが、人気の絵柄は、毎年すぐに売り切れになるそうなので、早めに決断するのがよさそうです。
自分用はもちろん、プレゼントや記念品などにも、喜ばれること、まちがいありません。