マンション前の道を渡ったところに小さな公園がある。
それが馴染みのない土地のこのマンションを選んだ理由の一つだ。単純に、”家の前に区立公園があれば、そこに新しい建物は建たないだろう”という計算からだが、これが当たりだった。朝カーテンを開けると、秋には色づいたイチョウが、雪が降れば子供たちが作った泥交じりの雪だるまが見られる。季節の移り変わりと共にこの部屋が好きになってきた。
ある年、桜前線の便りが聞こえるようになった頃に、同じマンションに住む隣人たちとお花見をしようと思い立った。定石通りに公園で桜を見るのもいいが、昼は混んでいるし夜は寒い。飲むのは家にしたほうがが良さそうだ。LINEで日程調整をした後、
「暖かい部屋から桜を見る会。日時:3月X日XX時より。場所:ハヤシ宅」
桜の意匠のハガキで招待状を作り、それぞれの郵便受けに入れた。うちからの眺めにはどうしても電柱や電線が入ってしまい、言う程桜がキレイに見えるわけではない。それを補うためのちょっとした趣向だったが、
「オシャレね~」
と、なかなかに好評だった。
「わぁ、南側の部屋からはこんな感じで公園が見えるのかぁ」
「うちからだとちょっと桜が遠いのよね~」
当日、ドリンクとおつまみを山ほど持ってきてくれた来客達はベランダからちらっと公園を覗いただけで、花はリビングに用意した切り花の啓翁桜で満足だと言う。誰もが自宅から徒歩3分という万全のロケーションにリラックスして、酒の回りは深く早くなり、翌日は
「昨日はお邪魔しました。私、変なことしなかった?」
というLINEが飛び交ったものだ。
XXさんの家で鍋をしよう、スパークリングワインを飲みくらべたいから〇〇さんの家に集まろう、と折に触れての交流は2020年の新年会が最後になった。
お花見どころか、買い物帰りの立ち話も1メートル開けなければならない始末で、少しも深い話はできやしない。
と、残念がったようなことを言っても、もともと一人遊びが大好きな私。ソロ活動を褒められこそすれ誰にも非難されないこの世の中で生きていたら、ますます偏屈になっていきそうだ。これはまずいんじゃないのか。まったくストレスがない生活は老化を進めてしまうとも聞く。この先、コロナの波が何度襲ってくるのか誰も知らないが、そろそろ他人とまじりあうことを再開しなくては……。
晴れた土曜日、日本橋「榛原」に一筆箋を買い足しに出かけたら、「筆タッチサインペン」というものを見つけた。筆ペンではなく、サインペンというのが気軽な感じで嬉しい。10色のラインナップから1本だけ残っていた黒を手にレジに向かおうとして、踵を返し便箋売り場に戻った。
今回の一筆箋は、夢二デザインの「櫻」模様にしよう、来年の春にはまた招待状を送れるように。