わたしの夏に海は欠かせない。
子ども時代はもちろん、40代も半ばを過ぎた今にいたるまで、海に行かなかった年は片手で数えられるほど。
今年も新潟の海に息子と一緒に行ってきた。
わたしが初めて行ったのは2才のとき。
年に一度、8月のお盆前になると、母の実家の盛岡に1週間ほど帰省していた。
その時おじが、私と母と姉を連れて、毎年岩手の三陸海岸に連れて行ってくれた。
祖母の家から海までは、3時間のドライブだ。
リアス式の起伏豊かな海岸線の森林のみどりと、切り立った茶色い岩肌。
夏の日差しが照らす、青緑色のグラデーションが神秘的な海。
民宿の目の前の道路を渡り、階段を降りればもう砂浜だ。
夜に見上げた漆黒のそら、白く大きくせまりくる星の輝きに、畏怖の念を抱いた。
僕にとってかけがえのない幼少期の思い出は、
まちがいなく叔父や祖母と過ごした岩手の夏だ。
笑顔で出迎えて一緒に遊んでくれたおじは、
私にとってもう1人の父親だった。
しかし、私が大学生になるころには、盛岡に行くことは少なくなった。
そして祖母が亡くなってからは、とんと。
年賀状のやりとりもいつの間にかなくなってしまった。
今、改めて考えると、面と向かって「ありがとう」とおじにお礼を言った記憶がない。
時間がたってしまったから、いまさら電話では“こっぱずかしくて”言えない。
そんな時、「手紙を書いてみよう」とひらめいた。
言葉では直接伝えにくい気持ちを、文章なら、きっと伝えることができる。
手書きの文字には、その人の魂と想いが込められている。
メールやSNSも便利でいいけれど、やはり手書きの手紙は温かい。
いただくと分かるのだが、たとえ“たった一言”だとしても、
読み手に驚きと笑顔を与えてくれるのだ。
手紙を書くにあたり、日本橋本店限定の「“犬張り子”の切手付き絵はがきセット」
と「蛇腹便箋」で迷ったが、今回は便箋で書くことに決めた。
榛原の「蛇腹便箋」は、折り目ごとにミシン目がついていて、
好きなところで切れるから重宝している。
長くなってもページを増やせるし、仮に文章が短くても
「書ききらなきゃいけない……」なんて“みがまえる”必要がないのだ。
「榛原便箋」の中でも、とくに「花あそび」レターセットに心惹かれる。
4枚1セットで描かれる山吹や木蓮の、黄色とピンクと緑の水彩画のような淡い色使い。
もらった方はもちろん、書いている私の気持ちも晴れやかにしてくれる。
こちらの柄は、幕末から明治期にかけて販売されていた、榛原絵巻紙の中の
“花あそび”のデザインがもとになっているという。
さて、気持ちを整えて筆ペンで便箋に向かう。
「暑い日が続きますが、元気でやっていますか。
今度、息子を連れて行きます。」
そんな、たわいもない文章といっしょに海の写真も封筒に入れ、切手を貼り、
アスファルトから湯気が出るような炎天下、ポストに向かう。
きっとおじも僕のように驚き、喜んでくれるだろうか。
ちょっと照れ臭いけど、そんな淡い期待を込めて、ニヤニヤしながら投函する。
「つぎは誰に手紙を出そう?」
面と向かって伝えられなかった、めいっぱいの感謝の気持ちを添えて。