紅葉が美しい時期、親戚の結婚式用にちょっと奮発して榛原の“淡路結び寿入り”金封を購入した。花熨斗がついた可愛らしいデザインで、使う日が待ち遠しい。
それを眺めながら、そういえばベトナムにいた頃にも、11月に結婚式に出席したことがあるなと思い出した。
ベトナム南部に位置するホーチミンは常夏の街。駐在員として当地に赴任して間もない頃、取り引き先の社長は「サイゴン(地元の人は今でもこう呼ぶ)にも季節があるんだ。暑い、とても暑い、ものすごく暑いの三つさ」と得意気に笑った。
その「暑い」に当たる、過ごしやすい季節は大体11月から3月くらいまで。乾季なので雨も少なく観光に最適だとされる。そしてその時期は結婚式のシーズンでもある。
同じ会社で働く同僚、取引先の社員……。若い国ベトナムの結婚シーズンには、ひっきりなしに式へのお誘いが来る。
ベトナムの人は、お金と情熱をこれでもかと注ぎこんで結婚写真を撮る。ある時、結婚を間近に控えた部下の女性スタッフとベテラン男性スタッフ、私の三人で、車で片道約四時間の地方都市へ日帰り出張をした。
取引先との打ち合わせとそれに続く宴会を終え、帰りの車に乗り込んだ私は、仕事が終わった安堵感とほろ酔いでうとうとし始めた。とその時、目の前ににゅっと分厚いアルバムが現れた。
「私の結婚写真です。道中のヒマ潰しにどうぞ」。
隣に座る女性スタッフが、今日の本番はこれからですよ、と言うかのように満面の笑みを浮かべている。
こりゃ暫く寝られないなと観念してアルバムを開くと、ド派手な衣装と超大胆なポーズで、映画のワンシーンよろしく撮影された写真の数々が目に飛び込む。
丘の上で新郎がひざまずいて求婚。海岸をバックに見つめ合う二人。古いお寺で後ろからそっと肩を抱く新郎と恥じらう新婦。見ているこっちが恥ずかしくなる。
専属のスタイリストとカメラマン同行の上、二泊三日で名所を巡って撮影したらしい。アルバムは式当日、来賓に公開される。
一枚一枚、彼女が撮影時のエピソードを興奮気味に語るのに合わせ、助手席の男性スタッフと運転手から「付き合わされる旦那は大変だな」「この調子じゃ尻に敷かれるな」「いや、もう敷かれてるだろ」と合いの手が入り、車内は盛り上がる。結局私は一睡もできなかった。
結婚式当日、彼女の結婚式にかける気合と熱意に少しでも応えようと、私は日本のご祝儀袋を用意した。といっても一時帰国した際に、いつか役に立つかもとコンビニで買った簡易なものだ(しかも婚礼用でもない)。
形式に囚われないベトナム人らしく、招待状が入っていた封筒にお祝いのお金を入れて渡す人が多いなか、中身は人並みだったが、私のご祝儀袋は目立ったようだ。
結婚式からしばらく経ったある日、彼女がほらっと見せてくれたスマホの画面には、例の結婚アルバムや新婚旅行時の写真とともに、自宅のリビングに恭しく飾られている私のご祝儀袋が写っている。そんなことなら、目の前のこの金封のようにちゃんとしたものを用意すべきだったと悔やまれてならない。